これは怪作である §
突撃! パッパラ隊 第6巻の「OPERATION:40 遠い海から来た人魚」は、パッパラ隊の中でも突出した怪作と言えます。投入されたネタの総量が膨大でありながら、わずか1エピソードでしかありません。しかも、ネタの濃さが違います。しっとマスクの本格的大活躍、戦艦大和(だいわ)、泳げないヨシツネ、お爺さんの人魚狩りと称するカップル狩り、そして、はぐれ人魚と善玉人魚、人間から人魚への転換と、善玉人魚のあっと驚く正体等々。そして、最終的に提示されるオチは、性転換ネタです。女装ですらありません。男の子が美少女になります。更に、美麗な扉絵で期待させたランコの人魚姿は本編にはなく、登場する美少女人魚は性転換した男の子です。
対象 §
ここでは新装版の「突撃! パッパラ隊」第6巻の「OPERATION:40 遠い海から来た人魚」を取り上げ、これに対して検討を加えます。
登場人物 §
- ランコ(人魚)
- とびかげ(カニ)
- 轟天(タツノオトシゴ)
- ジョー・樋口
- リンダ・ハミルトン
- しっとマスク/宮本
- パッパラ隊のその他大勢(もてない男)
- 水島一純
- 後光院ランコ
- 源時ヨシツネ
- おすもうさん達 (ヨシツネの空想上の人物)
- ハリー
- おじいさん
- 良明/善玉人魚
- 名もないカップル(男)
- 名もないカップル(女)
- はぐれ人魚達
- ある少女 (人魚を目指した少女。善玉人魚が自分のことであるかのように語っているが、経緯からして明らかに別人)
時系列による事象の経緯 §
- しっとマスクによるジョーとリンダの成敗
- パッパラ隊のその他大勢によるしっとマスクへの賛辞
- しっとマスクの変身を解除した宮本を格好良く描く
- ランコの水着(大ゴマ)
- 泳げないヨシツネ
- マンガ家飛び出し注意の標識
- 人魚飛び出し注意の標識
- 孫を人魚に奪われた老人の登場
- 老人による人魚成敗と称するバカップル狩り
- 水着少女を捕獲して連れ帰ろうとする老人
- 水中に人魚狩りに行き、溺れる老人とヨシツネ
- 海中ではぐれ人魚達に敗北するヨシツネ
- 善玉人魚による救出
- 善玉人魚の乳房にすりすりするヨシツネ
- 善玉人魚による事情説明により、老人とヨシツネの敵ははぐれ人魚であると分かる
- はぐれ人魚討伐に善玉人魚とヨシツネが出動するが、ヨシツネは泳げない
- 善玉人魚は、自分もかつては人間であり、ヨシツネも泳げるようになるとアドバイスする
- はぐれ人魚の襲撃
- 陸上で戦闘力を発揮して、はぐれ人魚を撃退するヨシツネ
- ランコがヨシツネを助けるため、ヨシツネも巻き込むと気付かずに戦艦大和(だいわ)の主砲を発射
- 砲手がしっとマスクだったので、ジョーとリンダを撃破
- ヨシツネの活躍を応援していた善玉人魚は隙を突かれ、はぐれ人魚に海中に連れ去られる
- 助けに行くヨシツネは泳げない
- 老人が10年洗っていないフンドシの匂いではぐれ人魚を倒して善玉人魚を解放
- ヨシツネがはぐれ人魚にとどめを刺す
- ヨシツネは泳げるようになっていた
- 実は善玉人魚が、老人の失った孫(男の子)であることが分かる
- はぐれ人魚達も、実は孫と同じような人魚を目指していたが挫折したことが明らかになる
- はぐれ人魚達はもう一度頑張ると改心し、善玉人魚に連行されていく
- 老人は孫のナイスバディを思い出して感慨に浸る
- ヨシツネは自分も人魚のようになりたいと願う
特異的な事象 §
このエピソードでは、以下の特徴的な事象が反復されます。
- もてない男の実力行使 (しっとマスクによる2回のカップル成敗と、老人によるカップル成敗)
- ニコニコ目の被害者 (1回目の成敗でしっとマスクに花束で襲われるリンダ、老人により捕獲された水着少女)
- 乳房を触られる善玉人魚 (ヨシツネのすりすり、はぐれ人魚に捕獲されている時、正体を明かした後老人から(不確実)、こうなりたいと改心したはぐれ人魚から)
ちなみに、ニコニコ目の被害者という類型は、「OPERATION: 39 パッパラ隊の一番長い日」の「血の粛清」にも見られますが、これは少しニュアンスが違う可能性があります。
さて、「ニコニコ目の被害者」と「乳房を触られる善玉人魚」は、女性が被害者でありながら、被害を受けることを好意的に受容しているように見える点で共通します。善玉人魚は、強い戦闘力を持ちながら、乳房に触れられることを強く拒絶しません、触られた後で抗議はしますが、明らかに拒絶可能なケースであっても触らせています。
従って、このエピソードは以下の2つの類型的事象の連鎖によって成立していると考えられます。
- もてない男の実力行使
- 性的な被害を受けることに好意的な女性
登場人物の類型 §
このような観点で、登場人物を分類すると以下のように分けられます。
- もてる男
- もてない男
- 性的な被害を受ける女性
- 傍観者/部外者
しかし、これは十分な分類ではありません。というのは、孫はおそらくもともと「もてない男」であり、努力によって「性的な被害を受ける女性」へと変化したと考えられるからです。
従って、以下のように再分類できます。
- もてる男
- もてない男
- 性的な被害を受ける女性
- 女性化するもてない男
- 傍観者/部外者
「女性化するもてない男」は当然善玉人魚を示しますが、それを意図しながら達成されていない者達(はぐれ人魚とヨシツネ)が存在することから、更にこれは2つに分類できます。
- もてる男
- もてない男
- 性的な被害を受ける女性
- 既に女性化したもてない男
- 意識的にか無意識的にか女性化を意図するが未達成のもてない男
- 傍観者/部外者
この分類のいずれかに全ての登場人物は分類できます。
もてる男 §
ジョー・樋口
名もないカップル(男)
もてない男 §
しっとマスク/宮本
パッパラ隊のその他大勢(もてない男)
おじいさん
性的な被害を受ける女性 §
リンダ・ハミルトン
名もないカップル(女)
既に女性化したもてない男 §
良明/善玉人魚
意識的にか無意識的にか女性化を意図するが未達成のもてない男 §
源時ヨシツネ
はぐれ人魚達
傍観者/部外者 §
ランコ(人魚)
とびかげ(カニ)
轟天(タツノオトシゴ)
水島一純
後光院ランコ
おすもうさん達 (ヨシツネの空想上の人物)
ハリー
ある少女
考察 §
このエピソードの前半は、しっとマスクと老人によるバカップル狩りによって、「もてない男はもてる男を成敗することで溜飲を下げる、あるいは女を手に入れるしかない」という第1の主題が提示されます。この主題において、力づくで奪われる行為は、奪われる女性自身の価値を高める行為であり、「女」は「実は嬉しい」と解釈されます。
しかし、血を流すような過激な成敗行為が正当とは言えません。「もてる男の成敗」という要素抜きで、「もてない男」が納得する方法が必要とされます。
このエピソードの後半は、その方法を獲得する経緯となります。まず提示されるのは、「もてない男」達を好意的に受け入れて、乳を触らせる美少女人魚という1つの理想型です。そして、このような理想型は「もてない男」が努力によって変化して成立することが示されます。ここで示されるのは、「もてる男の成敗」によって辻褄を合わせるのではなく、「もてない男の一部が美少女になる」ことで辻褄を合わせるという180度転換された解決策です。
このような解決策は、母親だと思った女性が女装した父であったヨシツネの血筋からすれば、あるべき自然な形として受容されうるものです。(実際には、ヨシツネは人魚にはならずに性転換手術を受けたらしいことが最終巻で示されますが)
更に、そのような仕掛けを知ってすら「元男」の美少女を喜んで許容する老人のようなタイプが最後に提示されることで、この解決策は完全に円満な形で成立します。
つまり、常識に対して180度逆行する解決策でありながら、円満に成立しているために、突出して特異なエピソードとして印象に残ると考えられます。
しかし、解決策としてあまりに完全すぎるために、ここから物語が更に派生する可能性はほとんどあり得ません。従って、このエピソードには実質的に続きがあり得ません。
とはいえ、このエピソードでの水島とランコは傍観者でしか過ぎないので、2人の物語はその後も続きます。
まとめ §
「もてない男」が「美少女」に変身することで、「もてない男」の心情が分かって好意的な女の子が出現するというのは、実はよくある発想の類型である……という気もします。そこに、性転換趣味というジャンルが出現したという状況もあり得るでしょう。
しかし、それはあり得ない解決策でもあります。物理的にも社会的にもあり得ません。実質的にほぼ全てのケースにおいて実行不可能です。
従って、そのような物語は説得力のある形では成立しません。
このエピソードは、「人魚」というファンタジーを媒介することで、本来は成立しないはずの物語を、奇跡的に成立させた傑作であると言えます。
しかし、それはファンタジーの中にしかないハッピーエンドです。夢想への逃避と言っても良いでしょう。従って、志の高さを持つ「突撃! パッパラ隊」という物語が最終的に目指すべき結末は、そのような逃避ではあり得ません。最終的にそれは水島とランコの結婚という(水島にとっては)苦難への挑戦となります。
感想 §
当初、もっと複雑な物語かとおもいきや、分析するとかなりすっきりとした構造が現出したので「さすが、パッパラ隊」と思いました。
この手の分析を加えたいエピソードは、まだ他に2~3本ありそうな予感。